神奈川県川崎市。ここを本拠地とする男子プロバスケットボールBリーグの川崎ブレイブサンダースは、DeNAグループのクラブだ。社長の川崎渉は2024年8月の会見で、親会社に依存せず、収益構造を確立することを前提に経営していると話している。同じグループの横浜DeNAベイスターズが野球で先に示したように、スポーツがビジネスとして成り立つことをバスケットボールでも証明したいという。その前提は、誰のためにあるのか。前編に続いて、川崎に聞いた。
単独の会社として
株式会社DeNA川崎ブレイブサンダース。クラブを運営する会社の名前には、親会社の株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)の名が入る。DeNAは、ゲームやライブコミュニティ、スポーツなどを事業にする会社である。京急川崎駅隣接エリアに2030年開業予定のアリーナの事業主体にも入った。2026年1月には、市と結んだまちづくりの連携協定に、クラブと並んで名を連ねた。
運営を引き継いだクラブ
社名にDeNAの名が入るクラブの社長が、なぜ親会社に依存しない経営を前提にするのか。川崎渉は、DeNAが掲げる理念から話を始める。DeNAは、世の中へDelight(喜び)を届けることを使命に掲げている。クラブにとっての喜びは、まずファンに喜んでもらうことだ、と川崎は言う。
川崎ブレイブサンダース社長の川崎渉(2026年9月1日の取材で)
一方で、スポーツの世界ではDeNAグループは後発だ。川崎ブレイブサンダースは、DeNAが一から作ったクラブではなく、運営を引き継いだクラブだ。川崎が挙げる横浜DeNAベイスターズも、一から作ったクラブではない。
日本のスポーツクラブについて、川崎はこう見る。親会社に依存した経営をしていると、親会社の経営が揺らいだときに、クラブを持ち続けられるかという話になる。運営する会社が替わる前後には、場合によっては身売りという、ファンや選手、スタッフにとって喜びを感じられない状況になってしまう。
だから、クラブとして自前の経営が成り立っていれば、親会社の経営が揺らいでも単独の会社としてやっていける。ファンも心配せずに応援できる。支援を受ける部分はあっても、経営の前提には置かない。
野球に次いで
かつては新聞社などのメディアがクラブを持ち、コンテンツとして扱っていた。クラブ単独で収支を考える発想は薄かった。良い悪いの話ではない、と川崎は言う。
スポーツをきちんとビジネスにしようと、DeNAも取り組んだ。野球では、ベイスターズがその一つの例になった。
日本のスポーツビジネスは、まだ野球が引っ張っている、と川崎は見る。その野球に次いで、スポーツがビジネスとして成り立つことを「バスケで証明したい」と話す。スポーツをビジネスにしたいと話す川崎は、スポーツの仕事から始めた人ではない。
5万人の熱量
川崎は、コンサルティング会社のA.T. カーニーでキャリアを始めた。ただ、コンサルタントとして関わっても自分で事業をやっているわけではない、と感じていたという。自分で事業をやりたくて2012年にDeNAへ移り、マンガアプリをプロダクトオーナー(サービスの責任者)として立ち上げた。週に約150万人が使うサービスになった。
2026年9月1日、取材で
150万人が使っていても、使っている人を日常で目にすることはほとんどなかった。生活に必ず必要なものというよりは、息抜きとして楽しまれるエンターテインメントサービスだった、と川崎は振り返る。もともとスポーツが好きだった川崎は、DeNAを離れ、サッカーのJリーグのクラブへ移る。東京ヴェルディ、名古屋グランパスを経て、FC東京ではマーケティングの領域を統括した。
スポーツは、デジタルサービスと単純に数を比較したらずっと小さい。サッカーでは、どれだけ集まっても1試合で5万人ほどだ。それでも、その5万人の熱量は間近で感じられる。
熱量の話は、応援する一人の人生にまで及んだ。このスポーツチームを応援してよかったと、スポーツによる人生の彩りを感じる人も世の中にはいる、と川崎は言う。「そういう人たちの人生に関われる仕事は本当に数が限られていて、尊いなと思っています」
そして、人の人生に関われる仕事は街に関われる仕事でもある、と川崎は話す。
&ONEから、Kawasaki 2050 Modelへ
クラブは、街に関わる活動に2020年から&ONEという名前を付けている。市と結んだSDGs(国連が定めた持続可能な開発目標)の推進に関する協定と同じ日に発足した活動だ。
一つ一つの活動で世の中が大きく変わるわけではない。それでも、応援する人が自分の暮らしでもやってみようと思うきっかけになる。川崎は、それをクラブの役割だと考えていた。
クラブは早くからSDGsの活動に取り組んできた。川崎は、もう一つの役割を挙げる。行政やスポンサーと組めば、スポーツクラブにもこういう活動ができる。ほかのクラブがそう考えるきっかけになることだ。
いまはどの競技のクラブも、それぞれの名前でSDGsのプロジェクトを推進している。時が経つにつれ、ほかのクラブやファンにSDGsを考えるきっかけを提供する役割は、そのぶん薄れていく。その役割が薄れてきたころ、京急川崎駅の隣に新しいアリーナを建てる話が出てきた。
そこで、SDGsの活動の対象を、新しいアリーナという施設まで含めて広げることにした。2026年1月29日には、川崎市とDeNA、川崎ブレイブサンダースの3者でまちづくりの連携協定が新たに結ばれた。
2030年開業予定の新しいアリーナ、屋上に設ける公園(ルーフトップパーク)の完成イメージ ©︎DeNA / Keikyu Corporation
DeNAとクラブは「Kawasaki 2050 Model」も掲げている。パートナー企業と組み、川崎市が抱える課題をもとに、2050年までに社会課題の解決を目指す取り組みだ。
&ONEとKawasaki 2050 Modelの2つの名前が並ぶと分かりにくいため、&ONEの名前はいったん閉じることにした、と川崎は言う。武蔵小杉駅からとどろきアリーナまで約1.6kmを歩いて試合を見に行く「&ONE WALKING(アンドワンウォーキング)」のような活動は、名前を切り替えたあとも続けていく。
「&ONE WALKING(アンドワンウォーキング)」の日の、会場入口のチェックポイント ©KBT
ソフトとハード
活動をアリーナへ広げたわけを聞いた。「クラブ単体でできることには、どうしても限りがあるんです。アリーナという一つの装置を使えば、もっと大きいことができるだろうという発想はありますよね」
アリーナという施設(ハード)と、そこで行う企画や運営(ソフト)を組み合わせて、まちづくりや地域への貢献を進める。横浜では同じDeNAグループの横浜DeNAベイスターズと本拠地の横浜スタジアムが、ハードとソフトの両方で先に進めている部分がある、と川崎は言う。川崎市で横浜と同じように進むかは分からない。それでもDeNAのスポーツ事業としては、ハードとソフトを合わせたまちづくりや地域への貢献を進めていくのが大前提になる、と川崎は見ている。
新しいアリーナと同じ「Kawasaki Arena-City Project」には、すでに動いているものがある。取材の前に、川崎駅近くのカワサキ文化公園を視察した。DeNAとクラブが運営する、アーバンスポーツの拠点だ。
取材の前に訪れた、カワサキ文化公園
親会社の支援を経営の前提に置かないのは、ファンが心配せずに応援できるように。アリーナを使うのは、街や人に働きかけるために。川崎はそう話した。
川崎は3つのJリーグのクラブを経て、2023年にDeNAへ戻り、川崎ブレイブサンダースに出向した。親会社に依存しない経営とアリーナの両方を進める時期に、社長を任されている。いまここにいるのは必然だったのか。取材の最後にそう聞くと、川崎はこう答えた。
「ソフトとハードを一体で経営して、街や人に対して、より大きなインパクトを与えられる。そういう時期のブレイブサンダースに関わらせてもらえるのは、すごくありがたいことです。必然かどうかは分からないですけれども、やらせてもらえてよかったなと思っています」
あわせて読みたい:前編
行政との連携なしには進まない、と社長は言う。では、市とクラブの企画は、どこから始まるのか。市の課長から教育委員会へ話が渡った新1年生のセットと、クラブが受けない話の線引きを追う。
川崎ブレイブサンダース 社長 川崎渉【行政との連携】前編|川崎市とクラブの企画は、どこから始まるのか
取材対象者プロフィール
川崎 渉(かわさき わたる)
株式会社DeNA川崎ブレイブサンダース 代表取締役社長。A.T. カーニーを経て2012年にDeNAへ入社し、マンガアプリをプロダクトオーナーとして立ち上げる。DeNAを退社したのち、東京ヴェルディ、名古屋グランパスを経て、2018年からFC東京でマーケティング領域を統括。2023年にDeNAへ戻り、川崎ブレイブサンダースへ出向して、同年6月に代表取締役社長に就任した。