いちご×テゲバジャーロ宮崎【宮崎に何を残すのか】第3部|残った資産で、人を育て、留める
最後は、視線を宮崎の外へ、そして未来へと向ける。築いてきた型は、他の土地にも活かせるのか。クラブは、足元の地域に何を残すのか。そして、人が出ていかない地域を、どうつくるのか。
第1章 他の地域でも活かせる型——看板が外れた後に残るもの
2026年6月末、いちごのJリーグトップパートナー契約が満了した。7年続いた「看板」が、外れた。だが手元には、その7年で築いたものが残る。全国のクラブとのつながりと、各地のスタジアム改修で培った知見だ。看板そのものは消えても、その関係と経験は消えない。
この、横に広げられる資産は、宮崎の外——まずは国内の他の地域に、活かせるのか。
地域経営は、その土地ならではの条件に左右される。よその土地で通用したやり方が、別の土地でそのまま通るとはかぎらない、という見方はある。
だが、いちごはすでに、国内で動き始めている。
いちごは、自社の次の段階を「社会価値創造の実装フェーズ」と呼ぶ。宮崎で組み立てたやり方——不動産の手法、施設の運営を一体で持つこと、内部で売上を回すこと——を、これから他の地域のクラブにも提供していく段階にある。
運営権ごと持つ
その核にあるのが、施設の運営権ごと取得するやり方だ。クラブの全株式を取得したときも、スタジアムの指定管理を担う会社を、同じ日に買収した。試合をする場所が自分の手になければ、値付けも改修もできない。箱と、箱を動かす権利を、セットで持つ。この形を、いちごは他の地域にも展開しようとしている。
石原は、トップパートナーの契約が終わってもJリーグとの深い関係は終わらないと見る。ネットワークはできている。これからも、Jリーグの百年構想活動に積極的に参加し、さまざまなクラブとも取引していきたい——そう話していた。地方都市のクラブを少人数でまわすノウハウを蓄積し、スタジアムの改修計画にも展開して、パッケージ化しようとしている。実際、施設や地域の資源をもっと活かしたいクラブから、相談が来ている。宮崎で磨いたやり方を、他の地域のクラブにも提供することで、いちごの経営理念である「日本を世界一豊かに」につなげようとしている。
この話をするときも、石原は抑揚なく、淡々としていた。得意げな調子は、まるでない。
他地域へ事業を展開する話も、石原の口調は淡々としていた
整理すると、鍵は三つある。不動産で培った進め方、長い時間軸、施設の運営権だ。そこに、宮崎では複数の事業を同じ地域に持つという、いちご固有の条件が重なった。ほかの地域で考えるなら、まずこの三つをどこまでそろえられるかが出発点になる。必ずしも自前でそろえる必要はない。ファミリー経済圏をつくるという進め方もある。
では、このクラブは、足元の宮崎には、何を残すのか。人を育てる装置としての顔だ。
第2章 スポーツで人を育てる地域へ——育成型クラブと、部活の受け皿
学校の部活動が、地域へと移りつつある。これまで休日の部活を支えてきたのは、その多くが学校の先生たちだった。その負担を地域へ移す受け皿を、行政も学校も探している。
クラブは、競技の勝ち負けを超えて、地域に何を残せるのか。
勝つだけではないクラブ
いちごが掲げるのは「育成型地域スポーツクラブ」だ。トップチームだけでなく、下の年代やスクール、複数競技へ裾野を広げる。クラブを、学校だけに頼らない地域の受け皿として育てる考え方である。
いちごは、陸上、ウエイトリフティング、テニスの部活動も宮崎を拠点に運営している。テゲバジャーロが抱える育成の年代も、高校年代から中学、小学、サッカーを始めたばかりの子どものスクールまで幅広い。覚えたての子から、プロを目指す若者まで、一つのクラブの中で育っていく。地域の子どもにとって、目標になる場所が身近にある。
試合の日、子どもたちはユニフォームや旗に囲まれて過ごしていた
韓国や台湾との育成交流も、公開情報の範囲で見えてくる。宮崎国際サッカーフェスティバルには韓国・台湾の高校年代のチームが参加し、韓国の大学から加入した選手もいる。
クラブを「育成と受け皿」という目で読むと、まちづくりの実務者、とくに行政にとっては、部活動の地域移行を考える補助線になる。スポーツ庁は、数年がかりで、学校の先生が支えてきた休日の部活を、地域のクラブや団体へ移そうとしている。指導者も、施設も、運営の仕組みも要る。その担い手を、どの地域も探している。スポーツクラブは、その受け皿の一つになりうる。
ただし、いまのところは国の政策の方向といちごの構想が重なった段階で、クラブが実際に運用している実績として断定できる段階ではない。アジアとの育成交流も、本格的な展開はこれからだ。問いは残る。競技の勝ち負けではなく、地域でスポーツを育てる受け皿を、誰が担うのか。
試合前、子どもたちがクラブのマスコットと触れ合っていた
競技で人を育てても、その人が地域に留まらなければ、続かない。では、人を留めるには、何が要るのか。
第3章 人が出ていかない地域へ——付加価値と誇りで人を留める
首都圏一都三県には、およそ3,700万人が暮らす。全国の、およそ3割だ。残りの県が食べものをつくらなければ、都会の食卓も成り立たない。
人口の減っていく地方が、「人が出ていかない地域」になるには、何が要るのか。若い世代ほど、進学や就職で都市へ出ていく。残った地域は、人口が減り、産業の担い手も細っていく。一度この流れが始まると、止めるのは難しい。
所得を地域に残す
石原の答えは、はっきりしている。付加価値をつけて所得を上げ、地域に誇りを持つ——シビックプライドだ。宮崎は、所得の水準が全国でも高いとは言えない。原材料のまま出荷してしまうから、付加価値が県の外へ流れていく。果物をそのまま出荷すれば、加工も販売も収益も県の外に落ちる。だが、地域で加工し、売るところまで手がければ、その付加価値も、雇用も、地域に残る。原材料の段階で手放さない。石原は、そこにこそスポーツビジネスの中核を見ている。
人口の流れにも、勝ち目はある、と石原は見る。いきなり移住とまではいかなくても、東京に家を持ち、宮崎にもアパートを借りてリモートで働く——そんな二拠点の暮らしが広がれば、地域と関わる人は増えていく。宮崎県の人口は100万人ほどだが、首都圏人口との関わりが深まれば、都市部にはないとがった魅力を持つ宮崎が、二拠点目として選ばれる。そして、いつか腰を据える人も出てくる。現に、ふるさと納税の上位10自治体のうち、宮崎県内の2市がランクインしている。
いちごの組み立てに、もう一つ「人を留める仕掛け」が重なる。所得、教育、移住、そして誇り。大事なのは、別々に進めることではなく、一つの形に組み合わせることだ。
その仕掛けが現場でどう受け止められているのかは、周囲の言葉にも表れていた。取材のあいだ、石原への信頼の厚さは、まわりの様子から伝わってきた。テゲバジャーロの社員をはじめ、現場の人たちがそう口にする。試合の前、スタジアムの周りを歩く石原に、声をかけるサポーターも多い。テゲバジャーロ宮崎の会長という立場以上に、現場に溶け込んでいる姿が、印象に残った。
サポーターとの距離の近さが、石原の立ち位置を物語る
シビックプライドとは、地域への誇り、と訳される。だが、ただ「宮崎はいいところだ」と思うことではない。自分の住む土地に、誇れる仕事があり、稼ぎがあり、戻ってこられる場所がある。そう思えて初めて、人はそこに留まる。週末にスタジアムへ足を運び、地元のチームを応援する。その積み重ねもまた、土地への愛着を育てていく。
石原が掲げる「いちごメソッド」も、突き詰めればここに行き着く。サッカークラブを経営したいのではない。地域の未来を、自分のこととして動く人を増やしたい。クラブの取得も、スタジアムの値付けも、5つの事業の連携も、応援を循環に変える仕組みも、育成の裾野も——最後は、宮崎の人が宮崎に留まり、誇りを持って暮らせること、その一点につながっている。
「首都圏に家があって、こっちに住まいを借りて、リモートで働く。それが当たり前になれば、経済指数が今は低くても自然や子育ての指標が高い宮崎が逆転する可能性が大いにある」。石原は、そう語った。地域の未来を、自分の仕事として見据える言葉だった。
プロフィール
石原 実 いちご執行役副社長兼COO。株式会社間組(現 株式会社安藤・間)で国内大型ダム工事等の工務・施工管理に従事。2007年いちご入社、グループの管理業務を統括。その後、心築本部長として物件のバリューアップ、地方創生案件を指揮。2011年執行役副社長、2015年からCOOを兼任。2021年からサステナブルインフラ事業を管掌する。いちごのウエイトリフティング部・陸上部・テニス部の部長や監督、プロサッカークラブ「テゲバジャーロ宮崎」会長、ホテル運営「ワンファイブホテルズ」会長兼社長など。
【最初から読む:第1部 地元の会社として残す編】
不動産会社がなぜ、クラブをオーナーとして持ったのか。その入口に戻ると、地元の会社を通して取得した資本の組み方の意味が、もう一度見えてくる。第1部で詳しく追っています。