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横浜ビー・コルセアーズ【都市開発・インフラ編】第二回|数千億円の経済効果より、確かな手応えを。この街に「あって良かった」をどう残すか

作成者: steer株式会社|Jun 3, 2026 7:45:00 AM

男子プロバスケットボールリーグ Bリーグ、横浜ビー・コルセアーズ。2026年6月末をもって代表取締役を退任する白井英介氏への連続インタビュー。第一回では、代表として自らすべてを引き受ける覚悟を訊いた。第二回は、アリーナを街の安心に変えるための組織づくりや、白井が見据える街の未来に迫る。

新しいホーム、横浜BUNTAI。立派なハコができたことは、ゴールではない。ここを舞台に、これから何十年と続く、街の誇りを育てていく始まりにすぎない。

アリーナは街のパーセプションを変えられるか

新しい街づくりの計画がはじまるとき、決まって「巨額の経済効果」といった勇ましい言葉が並ぶ。事業の正当性を語る根拠にはなるが、一方で、そこに住む人々の実感を置き去りにしてはいないか。

コンサルタントとして数字を扱ってきた白井も、こうしたマクロな指標と実際の暮らしとのあいだにあるズレを少なからず自覚していた。

「数千億の経済効果と言われても、住んでいる人からすれば『自分の暮らしには関係ない』というのが本音ではないでしょうか」

大きく見積もられた数字と、実際の暮らしとのあいだにあるズレ。数字を並べるだけでは、生活が良くなったという実感は生まれない。経済的な価値を追求することは大前提としながらも、彼が現場のトップとして何より求めたのは、街の見え方そのものを変えることだった。

経済効果より、住民が手にする「夜道の明るさ」を

彼が大切にしているのは、数字には表れにくい、けれど確かな変化だ。

「アリーナがあることで街が明るくなり、子どもたちが安心して歩けるようになる。そうやって街の印象が変わっていくことにこそ、自分たちの本当の価値があると思っています」

景気の良さを示す大きな数字よりも、夜道が明るくなり、誰もが一人で歩けるようになるという安心の手応え。街の価値とは、広告で作るものではなく、住んでいる人の感じ方が変わることで根付いていくものだ。建物という器を造る以上に、街の受け止め方を整えていく。それこそが、白井がスポーツという道具を使って試みている、新しい街づくりの形だ。

では、街の印象が変わるとは、具体的にどういうことなのか。

子どもの「ふだんの通り道」が、街のイメージを塗り替える

子どもをどこかに通わせようとするとき、親がもっとも気にするのはその道のりが安全かどうかだ。たとえそれがどれほど魅力的な習い事であっても、繁華街を通る不安があれば、通わせるのをためらってしまう。横浜BUNTAIへのホームアリーナ移転によって、この子どもを遠ざけがちな心理を、スポーツによって人の流れを生み出すことで和らげることができるのではないか。

横浜BUNTAIがある中区・関内エリアは、歴史ある港町の風情がある一方で、日本有数の繁華街が隣接する側面も持っている。昼と夜で街の顔は大きく変わり、付近で開設されているバスケット・チアリーディングスクールに所属する児童の保護者からは「子どもを一人で歩かせるには慎重になってしまう」という声が上がっているのも事実だ。この心理的な壁こそが、街のパーセプション(認識)を固定化させてしまう要因だと白井は考えている。

「横浜武道館ではサマーキャンプなどの形でバスケットボールスクールを開催しています。ただ、このエリアで定期的にスクールを開講するとなると、『繁華街が近いから行かせられない』という保護者の方のお声があるのも事実です。しかし、我々は当然あそこをホームアリーナとして使うわけですから、あのエリアで子どもたちに向けた事業も今後は展開していきたい。街の治安が、我々が進出したからといってすぐに変わるわけではありません。それでも、クラブの活動を通じて子どもたちが安心して通える日常の風景を作ることで、地域の皆さんの『ここは安心だ』というパーセプション(認識)が変わっていくのに役立てればいいなと思っています」

建物の壁を超え、街の景色に安心を広げていく

アリーナという建物の中だけに留まらず、横浜市南部4区(中区・西区・南区・磯子区)の小学校へ向けたTシャツの配布も、そのアプローチの一つだ。体育の授業や休日の公園などで、クラブのロゴが描かれたTシャツを着て遊ぶ子どもたちの姿が、少しずつ街の日常に溶け込み始めている。

「体育の授業や休日の公園で、子どもたちがみんなビーコルのTシャツを着て遊んでいる。そういう世界を中区を中心とした周辺地域でも作っていきたい。それは、単に名前を広めるためだけでなく、街の景色の中に安心感を根付かせていく作業でもあります」

街灯を増やして夜道を明るくするのと同じように、スポーツというソフトの力で住民の受け止め方を書き換えていく。大きな建物を造ること以上に、日々の暮らしの中にある安全のしるしを地道に積み上げることが、街を良くすることに役立つ。これが、白井が描くソフトのインフラとしての街づくりだ。

こうした街の安心は、建物の立派さだけで生まれるものではない。そこで動くスタッフ一人ひとりが、自分の仕事をどう捉え、どう街と向き合っているか。結局のところ、すべては人のあり方にかかっている。

スタッフ全員が、「自分の行動が勝ちに繋がる」と信じ切れる組織へ

経営の土台がまだ固まっていない時期、白井が一番に取り組んだのは人材の採用だった。お金や時間に限りがある組織が成長するには、仕組みを作る前に、まず現場を動かす人を集めることが欠かせない。この判断の背景には、楽天で人事のキャリアをスタートさせた白井の、経営者としての確信があった。

「自前のハードを持たず、設備への先行投資もできない。その中で組織を大きくする唯一の方法は、人を先に入れることでした。まずは優秀な人を採用し、その成長によって事業の規模を広げていく。そこには経営者として強いこだわりを持って時間を割いてきました」

白井は就任からの5年間で、15人だった人員を40人弱へと拡大した。たとえ立派なアリーナがそこにあっても、それを動かすヒトがいなければ、街に熱を届けることはできない。

限りある資源だからこそ、仕組みより先に人へ投資する

白井が求めたのは、目の前の仕事が最終的なチームの勝利にどう結びついているか。その道筋を、全員が迷いなく信じ切れる組織だ。

「目の前のチケットを一枚売る、スポンサーを一社獲得する、あるいは情報を出すタイミングを一つ工夫する。そうした一つひとつの行動のすべてが、巡り巡ってチームを強くする力に変わり、最終的には勝利へと繋がっていく。この一連の流れを自分ごととして信じ切れること。それこそが、プロスポーツクラブで働く一番の醍醐味だと思っています」

一見すると華やかな世界に見えるが、実際は、地道な事務作業や問い合わせへの対応が少なくない。その一つひとつの作業が、コートの上の勝ちに繋がっているという強い当事者意識。この文化を根付かせていくことこそが、プロとして街の期待に応えるための土台となる。

ハコを持たないからこそ、ヒトを育てることを経営の真ん中に置く

スタッフに向けられた「ヒトを先に」という考え方は、選手の育成にも貫かれている。白井は、クラブの強みを聞かれたとき、戦績でもスター選手の名前でもなく、真っ先にアカデミーの名を挙げる。バスケットボールの育成組織こそが、自分たちの事業の中核だと位置づけている。

横浜ビー・コルセアーズは、クラブ創設時から10年以上にわたり、バスケットボールスクールとユースチームを運営してきた。B.LEAGUE発足前から培ってきたノウハウを生かし、県内の子どもたちに幼少期から学生期にかけて質の高い成長の場を提供し続けている。現在の会員数は1,000名以上。その規模はリーグトップクラスにある。

白井にとって、この育成組織は単なる収益事業ではない。横浜という土地でバスケットボールの文化を広め、子どもたちに教えていくことそのものが、クラブの使命だと考えている。就任当初からその姿勢は変わっていない。この使命と収益の二つの顔を持つアカデミーから、近年、トップチームへの道が開かれ始めた。

ユースのコートから、トップチームのコートへ

自クラブのユースチームからトップチームへのプロ契約第1号は、キング開選手だった。以降、特別指定選手制度やユース育成特別枠選手制度も活用してジェイコブス晶選手、平岡勇人選手、田中力選手がユースチームを経てトップチームに加入。2025-26シーズンには新たに兪龍海選手、江原行佐選手、佐藤凪選手が加わり、キング選手を含めて4名のユース出身選手がロスターに名を連ねている。

トップチームとユースの接点は、ロスター登録にとどまらない。近年はU18の選手がトップチームの練習に参加する機会が設けられており、ユース育成特別枠選手としてトップチームに登録された江原選手、特別指定選手として登録された佐藤選手は、プロの速度と強度を日常的に体感しながら成長を重ねてきた。江原選手はU18日本代表候補にも選出されている。また、B.LEAGUE U18選抜チームの一員として国際舞台にも立った。

自前の下部組織から複数の選手が同時にトップチームでプレーしているクラブは、Bリーグの中でも数少ない。外から完成品を獲得するのではなく、この街で育てた選手がコートに立つ。前章で見た「仕組みより先に人へ」という判断と、ここでの選手育成は、同じ一本の線の上にある。ハコを自由に動かせないからこそ、ヒトの成長に経営の軸を据える。その判断が、組織の内側と競技の現場の両方で、形になり始めている。

白井は代表就任時に、クラブが目指す将来像をこう記している。

「横浜の街で産まれた子どもが、物心ついたころにはクラブのTシャツを着て保育園に通う。トップチームのプレーに心を震わせ、アカデミーに通い、バスケットボールとともに成長していく」

その先も、彼の描く風景は続く。
「大人になっても、週末はアリーナで家族とともに観戦して、コートの中にはかつてアカデミーで切磋琢磨した仲間がプレーしている。そんな存在をクラブとして目指してまいります」

キング開選手をはじめとするアカデミー出身の選手たちが、そのビジョンを現実に変えつつある。街のスクールで育ち、ユースで鍛えられ、トップチームのコートに立つ。この循環が回り始めたとき、クラブは単なる興行の主体ではなく、街の次世代を育てる装置になる。

長きにわたる信頼をハコという舞台で、次代へとつなぐ

大きなアリーナを造っても、それが時にただのハコで終わってしまうのはなぜか。それは建てることをゴールにしてしまい、その後の使い道を後回しにする考え方がどこかにあるからだ。白井にとって、横浜BUNTAIの存在は決してゼロからのスタートではない。創設以来、街に根付かせてきた信頼の地層を、より広く、より深く、次の世代へつないでいくための新しい章の始まりである。

「建物というハコを造って終わりではありません。その場所でどんな体験を重ね、街の人たちにどう受け入れられていくか。これまで築いてきた土台の上に、さらに数十年という時間をかけて、その街ならではの信頼を積み上げていくことこそが、経営の本質だと思っています」

白井が見据えているのは、試合がある日の熱狂だけではない。かつてこの街で一緒にボールを追いかけた子どもたちが、一度街を離れ、大人になって再び帰ってきたとき、そのとき彼らの間に、バスケットボールという共通の言葉が残っていること。その積み重ねが、街への誇りを育てていく。

建物は古びても、そこで交わした言葉は残っていく

建物というハードは、時間が経てばどうしても古くなっていく。しかし、そこで生まれた会話や共有された記憶は、地層のように重なり、街の強固な土台になっていく。

「アリーナがあることで街が明るくなり、住民の方々の印象が変わっていく。そこにこそ、自分たちの本当の価値があると思っています」

完成をゴールとせず、長きにわたる歴史を担い、さらに長い時間をかけて街の人たちの心の中に価値を蓄えていく。この「終わりのない運用の設計」こそが、スポーツという道具を使った、これからの街づくりの姿だ。

横浜BUNTAI 満席の客席 試合中の全景

この一夜の風景が、やがて世代を超えて語り継がれる記憶になる。一時的な熱狂ではなく、ここで分かち合った「共通の言葉」こそが、都市を支える真の基盤となる。

あわせて読みたい:第一回 経営・戦略編】
白井がなぜ、外部のコンサルタントとして提言するだけでなく、みずから事業の成否をすべて背負って街の中へ飛び込んだのか。その決断の背景や、十余年かけて積み上げてきた地域とのつながりについて、第一回で詳しく伺っています。

横浜ビー・コルセアーズ【経営・戦略編】第一回|描いた戦略の先に何があるか。アリーナの熱狂、そのすべてを背負って立つ

※ 本インタビューは2026年2月6日に実施しました。