行政の取り組み

町の未来を、選ばれる場所にする ― CBRE・大野洋照が語る、篠栗北地区産業団地 ―

作成者: steer株式会社|Jul 10, 2026 8:04:20 AM

福岡県篠栗町で進む「篠栗北地区産業団地」開発。
町長の決断、実務者たちの挑戦を経て、次に問われたのは「企業から見て、この場所に価値はあるのか」だった。

本シリーズでは、プロジェクトに関わった人々へのインタビューを通じて、町の未来がどのようにつくられていったのかを追う。

シリーズ第1回 三浦正町長インタビュー

前回記事では、株式会社オオバの福地三徳氏が、ボタ山だった土地を企業が進出できる産業団地へと変えていく過程を語った。
しかし、造成しただけでは町の未来は変わらない。企業が来て、雇用が生まれ、人が集まる。
この役割を担ったのが、世界最大級の事業用不動産サービス会社、シービーアールイー株式会社(CBRE)だった。
篠栗町町長の三浦が決断し、福地が土地を形にした。
ではなぜ、篠栗町は企業に選ばれたのか。
企業側に最も近い視点でプロジェクトを担当していた、CBRE大野洋照氏に聞いた。

町の未来を、市場が受け入れた

2021年2月23日、篠栗町役場。
久原本家グループとの立地協定締結式が開かれた。三浦町長らが報道陣に囲まれながら、協定書へサインする。
会場後方からその様子を静かに見守っていたのが、企業誘致を担っていた大野だった。
「いよいよだな、と思いました。」
感慨深げに、振り返る。
久原本家は、福岡県を代表する食品企業の一つだ。

それまで、何社もの企業と商談を重ねてきた。契約直前で撤退した企業もあった。協定まで進みながら、最終的に立地を見送った企業もあった。コロナ禍で商談そのものが止まったこともある。
だからこそ、この締結式には特別な意味があった。
町が描いた未来を、市場が受け入れた。
そんな瞬間だった。

「町がやる」という異例のプロジェクト

「正直、最初にプロジェクトの話を聞いた時は面白いなと思いました。」
大野が最も驚いたのは、事業主体だった。
通常、CBREが扱うのはそのほとんどが民間企業同士の不動産取引だ。開発する、売る、買うは、ほぼ民間。
ところが、篠栗北地区産業団地は違った。町が土地を取得し、町がリスクを負い、町が企業を誘致する。
「自治体が応援するんじゃなくて、自分たちでやるんです。小さな自治体がそこまでやるのか、と驚きました。」
さらに興味深かったのが、「食品」というコンセプト。通常の産業団地なら、物流や製造業を幅広く考える。
だが、篠栗町は違った。食品関連企業に絞り、しかも観光と結びつける。
「コンセプトで売る産業団地だったんです。」

当時、食品メーカー各社では工場の更新や拡張需要が高まっていた。
市場の流れと、町が描く未来像が重なっていた。
大野は、このプロジェクトなら可能性があると感じた。

不動産のプロが見た「売れる確信」

もっとも、大野には当初から一つの確信があった。
「場所としては絶対に売れると思っていました。」
福岡都市圏に近い。福岡インターチェンジや福岡空港に近い。JR篠栗駅もそばにある。
久山、新宮、古賀、粕屋など周辺地域の産業用地を数多く扱ってきた大野にとって、その優位性は明らかだった。
「糟屋郡の中でもかなり条件がいいんです。でも、企業のための土地がほとんどなかった。」
篠栗町の場合、企業立地に必要な条件が整っていた。
あとは、企業にその価値をどう伝えるかだった。

全国3,000社へアプローチ

大野はCBREの全国ネットワークを活用し、企業誘致を進めた。
食品業界の専門媒体へ広告も掲載。
ダイレクトメールは2,000〜3,000社規模に及んだ。送付先は食品メーカーだけではない。セントラルキッチンを必要とする企業。多店舗展開する飲食チェーン。宿泊事業者。幅広い企業へアプローチした。
2回実施した内覧会には、20〜30社が参加した。
「現地を見た瞬間、企業側から『おぉ』という声があがりました。反応は良かったですね。」
清涼飲料水、パン、インスタント食品。様々な企業が視察に訪れた。北海道から参加した企業もあった。DMの反応率も高かった。
市場は確かに、関心を示していた。だが、それと進出決定は別の話だった。

企業に配布した内覧会のフライヤー=大野氏提供

タイムリミット

問い合わせは来る。視察もある。感触も悪くない。それでも、最後の決断に至らない企業は多かった。
契約直前で撤退。協定締結後の断念。社内調整の難航。コロナ禍による投資凍結。理由は様々だった。
「皆さん、最後の一歩が一番難しいんです。」
食品業界にはオーナー企業も多い。最後は経営者自身が決断しなければならない。
「特に食品企業は、思いが強いと感じます。」
工場移転は経営判断そのものだ。土地代や建設費の出費、人材確保、従業員の通勤まで、包括的に検討しなければならない。

だが、苦しかったのは企業側だけではなかった。篠栗町にも時間的な制約があった。
自治体の事業は年度単位で動く。造成工事の支払いを完了するためには、その時期までに土地売却による収入を確保しなければならない。
「決まった時期までに土地を売り切らないといけない。あの頃が一番きつかったですね。」
大野は振り返る。
民間デベロッパーなら販売時期を調整できる。しかし自治体はそうはいかない。
契約時期がずれれば、資金計画そのものに影響する。
一方で、団地を「人が集まる場所」にするために、企業選定は慎重に行なった。同じ業種が競合しないよう、大野たちは事前調整を進めた。

結果として進出を決めた企業には、オーナー企業が多かった。
「上場企業だったら、なかなか合わせてもらえなかったかもしれませんね。」
意思決定の速さ。地域への思い。経営者自身が判断できる体制。
食品企業に絞ったこのプロジェクトのコンセプトが、見事に追い風となった。

決め手は町の熱量

では、最終的に企業は何で決断したのか。大野は少し考え、こう答えた。
「篠栗町の熱量の高さだったと思います。」
広さ、規模、立地。
企業立地を考える上での前提条件だ。しかし、同じ条件の土地は他にもある。
違いを生んだのは、町の本気度だった。三浦は自ら企業トップのもとへ足を運んだ。久原本家もそうだった。
企業の経営者と直接向き合い、資料を見せながら町の未来を語った。
「自治体のトップが直接来てプレゼンするんです。あれは効きますね。」
大野自身も、三浦の企業訪問に同行した。
単なる営業ではなかった。篠栗町という未来への投資を提案する場だった。
企業は土地を買ったのではない。町の未来に参加する決断をしたのだ。

 「選ばれる場所」をつくるということ

現在、やまやファクトリーテラスには多くの人が訪れる。篠栗珈琲焙煎所にも、行列ができるほどだ。産業団地でありながら、人々の目的地になっている。
それは偶然ではない。三浦が描いた未来があり、福地が土地を形にし、大野がその価値を訴え、企業が信じた結果だ。
「面白いことをやろうとしている人たちが集まっていたんですよ。」
インタビューの終盤、大野は笑顔を見せた。
PPPという手法、そこに集まった人材。それぞれが、自分の立場から町の未来をつくろうとしていた。

企業誘致とは、単に土地を売る仕事ではない。人や企業から、「ここで未来をつくりたい」と思ってもらう仕事だ。
篠栗北地区産業団地は、そのことを教えてくれる。市場から選ばれる場所とは何か。
その問いに対する、一つの答えがここにある。

「CBREとしても篠栗町の事例がその後の事業モデルとなった」と話す大野洋照氏=2026年5月

大野 洋照(おおの・ひろのぶ)
シービーアールイー株式会社(CBRE)福岡支店 支店長。
1976年福岡市生まれ。西南学院大学卒業後、生駒シービー・リチャードエリス(現CBRE)入社。オフィス、物流施設、工場など事業用不動産の仲介業務に従事。
篠栗北地区産業団地では企業誘致を担当。全国の食品関連企業への営業活動や進出企業との調整を担った。
学生時代はバレーボール部に所属し、現在もテレビ観戦のほかSVリーグなどの試合を会場で観戦することがある。

【次回予告】
企業誘致は、ゴールではなかった。
「食品観光団地」という構想は、誰が描き、どのように形になったのか。
三浦町長とともにプロジェクトを牽引した鹿島建設・佐藤氏に、その原点と戦略を聞く。
(第5回へ続く)

【シリーズを最初から読む】
篠栗北地区産業団地は、どのように構想され、形となり、企業から選ばれる場所になっていったのか。
本シリーズでは、篠栗町長・三浦正氏をはじめ、プロジェクトに関わった実務者たちへのインタビューを通じて、その舞台裏を追っている。

シリーズ第1回 三浦正町長インタビュー