地方創生という言葉が定着して久しい。だが、その多くは「成功事例」として語られ、意思決定の過程が十分に共有されることは少ない。本連載では、福岡県篠栗町が進める「観光型食品産業団地」開発を題材に、自治体がどのようにリスクを引き受け、意思決定を重ねてきたのかを追う。町長・三浦正の決断、鹿島建設、オオバ、CBREといった民間パートナーとの協働、そして現場で起きた数々の困難。「住む町」から「仕事と人が集まる町」へ。その転換は、どのようにして実現したのか。本連載では、そのプロセスを複数回にわたってひも解いていく。
設計、開発許可、企業誘致。産業団地を形にするためのノウハウが、町にはなかった。
「小さな町に、数十億円規模のプロジェクトを経験したことがなかったんです」
そこで三浦が選んだのが、パブリック・プライベート・パートナー(PPP)の手法だ。専門性に長けた民間とパートナーシップを組み、事業を進める。
プロポーザルで採択されたのは、鹿島建設グループの構想「fukuoka food industrial park」だった。
「食というのは、誰しもずっと関係すること。食が人をつなげる、集める。だから構想に納得したんです。その狙いはちゃんと当たりましたね」
オオバが全体計画と行政協議を担い、CBREが企業誘致を担った。
「オオバは、本当に篠栗町職員のように働いてくれました。県にも国にも何度も出向いて交渉、説明してくれて。CBREも、外資系の企業である彼らからすれば、小さな自治体との協働は大ダンピングだっただろうなと思います。でも、本当によく頑張ってくれたんです」
必要なノウハウ、スキルを十分に備えた専門家チームが結集した。
この選択が、プロジェクトの骨格になる。
だが、ここからが本当の苦労だった。
当初2億円と見込んでいた地盤対策費は、調査と設計を進める中で10億円規模に膨らんだ。
「最初は2億って言われてたんですよ。それがね、気づいたら10億ですよ」
「そんな金、あるわけない。でもね、地盤はやらないかんのですよ。やらんと何も建てられん」
買収した山林は、傾斜地で土質も均一ではない。沈下や排水など、宅地として成立させるためには地盤対策が要となる。
やめるか、やるかー。
だが、自治体の事業の場合、どちらでもない。
「民間やったらね、『やめた』って言えるんですよ。でも役場はそうはいかんでしょ。もう、走り出したら止まらん」
計画は崩れている。だが、止めることもできない。
「だからね、やるしかないっていう状況でした」
収支計画は崩壊し、議会は荒れた。
「騙したやろ!」
議場で飛んだその言葉は、今も三浦の耳に残っている。
「まあ、そう見えますよね。結果だけ見たら。でも、こちらも嘘つこうと思ってやっているわけじゃない。辻褄は合わせないといかんと思っていました」
追い打ちをかけたのが、資金繰りと自治体ならではの事情。
「年度内に払わないといけないんですよ。役場ってそういう仕組みですから」
自治体の事業は、年度単位で動く。工事費はその年度内に支払わなければならない。しかし、篠栗北地区産業団地の事業は、先に投資して後から回収する構造だった。
造成や地盤改良に巨額の費用がかかる一方、収入は企業への土地分譲が進んで初めて入ってくる。
通常ならデベロッパーが背負う責任を、自治体が担っている。失敗すれば当然、住民に影響する。
「ほんとにね、『売れなかったら町が終わる』っていう感覚でした」
そうした中、新型コロナウイルスの世界的流行が重なった。
経済活動は止まり、人の移動も制限される。三浦自身も足を運んでいた企業訪問はすべて止まった。
「もう何もできんですよ。会いに行けんし、向こうも動かんし。あれはきつかったですね」
誘致は、次々と崩れていく。
「来るって言っていた企業がやめたりね。契約の直前までいって止まったり。あれは堪えました」
計画通りに進まないことは、もう分かっていた。それでも、三浦は歩みを止めなかった。
「Zoomでずっと会議しよったんですよ。当時はもうそれしかないから」
プロジェクトの関係者たちと重ねたオンライン会議の中で、ひとつの発想が生まれる。「産業団地っていう名前じゃ、やっぱり固いですよね。もっと親しみやすい名前にしたいなって」
案を出し合って決まったのが――「IRUGASAS(イルガーサ)」
「『ささぐり』を反対から読んだだけなんですよ。でもね、覚えやすいし、ブランドとして使えると思ったんです」
愛称に合わせてロゴも完成。土地の6区画をひとつの栗に見立てたデザインにした。
2023年、感染防止のための行動制限が解消され、少しずつ日常が戻ってきた。
団地敷地内では、九州産業大学芸術学部生によるウォールアートが彩られた。開業した企業を中心に「創業祭」も開催した。
すべてが崩れそうになる中で、プロジェクトを支えたのは人だった。
「すがったら助けてくれたんです。PPPで一緒にやってくれている企業、そして銀行。みんな背中を押してくれた」
このプロジェクトは、地方創生という言葉では収まりきらない。
篠栗町が直面していた現実に対して、三浦はリスクを引き受け、構造を変えにいった。
企業が根を下ろし、仕事が生まれ、平日の雨でも人が訪れる。
開業を控える企業や新たに進出を決めた企業が、さらに町へ可能性をもたらす。
「何もしないのが、一番のリスクです」
その言葉どおり、三浦の挑戦と意思決定が、町の未来を象徴している。
三浦 正(みうら ただし)
福岡県篠栗町長。1954年、篠栗町生まれ。福岡銀行勤務を経て、50歳で退職し、2004年に篠栗町長選挙へ出馬、初当選。以来6期にわたり町政を担う。福岡市に隣接しながら豊かな森林と篠栗四国八十八ヶ所霊場を有する町の特性を生かし、「森林セラピー基地」認定や食品系工業団地整備、脱炭素・バイオマス構想など、持続可能なまちづくりを推進。「日本一個性のある町」を掲げ、自然環境と地域資源を活かした地域経営に取り組む。学生時代はラグビーに親しみ、現在も書をたしなむ。
<次回予告>
鹿島建設、オオバ、CBRE。
このプロジェクトを支えた民間側の視点から、官民連携の裏側に迫る。