企業の取り組み

動き出した島と、2050年の風景。JFE OHGISHIMA2050 後編

作成者: steer株式会社|Jul 13, 2026 11:29:50 PM

JFEスチール東日本製鉄所京浜地区・松本剛氏/阿部智子氏へのインタビュー後編。前編では、高炉が止まった現場と、400ヘクタールを自ら手掛ける体制の実態を訊いた。後編は、異なる経験を持つ二人の協働、そしてこの場所の将来像に迫る。

第4章|動き出した水素基地

2025年5月、扇島の一角で水素受入基地の建設が始まった。川崎LH₂ターミナル。世界最大級となる、貯蔵容量5万立方メートルの液化水素タンクが整備される計画である。このタンクへ水素を運ぶ専用船の建造も進められている。現在のパイロット実証船を大きく上回る規模の運搬船が、将来この岸壁に入港する構想だ。

先導エリア。かつて原料が積まれていた更地の奥に、液化水素貯蔵タンクの建設が始まっている

事業主体は日本水素エネルギー。液化水素の商用化実証は、国のグリーンイノベーション基金の中核事業である。このほか、扇島の北側では、JFEと三菱商事が電力事業とデータセンター事業を一体とした共同事業の検討を進めている。

広い土地があるだけでは、投資は来ない。だが扇島には、他では容易に代替できない資産がある。水深22メートルの大水深岸壁、自前の発電所、全長1.5キロの海底トンネル。

発電所は、高炉ガスの供給停止後に燃料を天然ガスへ切り替え、現在も稼働を続けている。

そこに、水素という国の政策的な追い風が重なった。それをきっかけに、道路の整備などの事業化が動き出した。もっとも、水素のサプライチェーンも大型の埠頭の整備も、一企業の判断だけでは動かない。国の基金と川崎市の都市計画が噛み合って、初めてこの地を利用する条件が整う。

事業計画について

JFEは中期経営計画で、この土地事業の収入を2027年度までに850億円と見込む [注1]。水素関連の区画は2025年度から賃貸を始め、物流の区画は2027年度に売却する予定だ。今後、解体と基盤整備で出ていく資金を確保する計画がすでに組まれている。

現場では一つひとつの課題への対応が進められている。

建屋屋上から望む煙突群。高炉は止まったが、発電所は燃料を切り替えて動き続けている

象徴が、扇島へ通じる一本の橋だ。もともと製鉄所の私道で、水素基地を動かすには外部の車両が出入りできなければならない。だが橋の先では製鉄所の一部がまだ操業し、何十トンもの資材を運ぶ特殊車両が日に何度も行き来する。全面を公道にすれば、特殊車両の頻繁な往来が難しくなる。これが最大の懸念だった。半年から1年の話し合いの末、橋を拡幅し、半分を公道、半分を私道として残した。阿部も、この対応にあたった。

数字や構想図だけでは、土地利用転換は進まない。公共性と事業性を一つずつすり合わせる現場の対応が、将来の企業誘致の可能性を広げていく。投資を受け入れられる場所へと変えていく、その途上にある。

現場を動かしているチームでは、鉄鋼の生え抜きと、他業界から移ってきた人間が、同じ机を囲んでいる。

第5章|異なるバックグラウンドの人材が、一つの土地に向き合う

同じ机、違う視線

松本剛。京浜臨海土地活用検討班の班長。土木系プロパー社員として豊富な経験を持つ。

阿部智子。同じ検討班の主査。鉄道会社で土木のプロジェクト推進を経験してから、2023年2月にJFEに入った。

松本剛氏(左)と阿部智子氏(右)。JFEホールディングス京浜臨海土地活用検討班

経歴の違う二人が、同じ机で一つの土地に向き合えるのか。

更地に用途を与え、相手を探し、契約を組み、その責任を負う。自らリスクを引き受ける。その意味で、プロパーか中途かは決定的な違いではない。

このプロジェクトには、もっと構造的なせめぎ合いがある。

公共性が軸

川崎市は、臨海部の将来像を公共性の観点から描く。一方、JFEは民間企業として、事業性が確保されなければ投資に踏み出すことはできない。この公共性と事業性のバランスをどのように設計するかが、プロジェクトを前に進めるうえでの重要な論点となる。目指す方向は一致しているが、その緊張関係の中でいかに両立を図るかが、本プロジェクトの核心にある。

松本はこれを「三方よし」と表現する。世間、買い手、売り手。ただし順番がある。「世間からでないと理解されない」。まず公益性への説明責任を果たし、そのうえで事業として成立させる。そうでなければ、長期にわたる土地利用転換は前に進まない。

阿部もまた、行政を単なる許認可権者とは見ていない。臨海部の将来像をともに描くパートナーであり、いわば共同設計者である。ただし、共同設計者であるからこそ、利害が食い違う場面は避けられない。

原動力を問うと、阿部は、「上司や仲間への信頼と、自分を信じる力」と語る。

松本は阿部に入社時こう伝えていた。「班の中で議論を誘発してほしい」。

阿部はそれを引き受けている。それは対立ではなく、違う視点を持ち込む役割である。松本が促し、阿部が応える。ただし、「違う」を言い続けるには体力がいる。

生え抜きと外部経験者が、同じ机で図面を広げる。意見は割れる。だが、その違いを抱えたまま前に進んでいる。

では、二人が見ている先には何があるのか。

第6章|2050年の屋上に立つ

2050年。官民合わせて約2兆600億円の投資が構想されるこの場所に、何が立ち上がっているのか。

2050年の扇島を見据えて語る松本剛氏。高炉の火が消えた土地で、次の産業を迎える準備が進む

まだ見えていない

視察に同行したJFEの社員は、こう語った。「2050年に次の産業が何になるか、私たちにもまだ見えていないところがある。だから、あえて可変性を持たせた計画にしている」

正解が見えていないことを前提にした計画。途中で書き換えられる余地をあらかじめ残している。だからこそ、決まっていない土地の前で自分の手で線を引ける人間が要る。

骨格を組み、受け皿を整え、その上で事業者を迎える。言い換えれば、「誰に来てもらうか」が、これから本格的に問われる課題である。みなとみらいも、豊洲も、街として姿を整えるまでには長い時間を要した。扇島は、まだその入口に立っている。

400ヘクタールの土地の用途を決め、人を探し、契約し、段階的に事業を立ち上げていく。その一つひとつが、これから積み重ねられていく仕事である。
いまの扇島に轟音はない。鉄の匂いもしない。バスの窓越しに錆びた建物群が無音で流れ、屋上に出れば潮の香りと海風だけが残っている。かつてこの場所を満たしていた鉄と油と排気の匂いは、すでに消えた。

解体は、これから本格的に着手していく段階にある。2050年までは、ここから約四半世紀先の話である。

第2高炉。2023年9月に火を落とした

松本に、2050年の扇島を尋ねた。

「羽田から飛び立つと、扇島が見えるんです。いまは上工程が止まり、景色も大きく変わりました。次の時代にふさわしい、「おお」と言われる扇島にしたい。」

阿部は少し違う言い方をした。

「日本を何かしら支えている場所にはなっていると思います。それが何かは、まだわからないですけれど」

松本は景色で語り、阿部は役割で語る。見ているものは違う。だが、二人とも「まだわからない」ことを隠さなかった。

鉄の匂いは消えた。音も止んだ。屋上に残っているのは、東京湾の潮の香りだけだ。
2050年の扇島は、基盤整備と価値向上を積み重ねながら、次の産業を迎え入れる場所へと転換できるかにかかっている。

高炉の火が消えた土地の開発に何が求められるのか。松本は、そう問いを受けてこう語った。

「燃えてなくても大丈夫です。消えなきゃ」

【あわせて読みたい:火を落とした島を、誰が街にするのか。JFE OHGISHIMA2050 前編】 高炉が止まった400ヘクタールを、JFEが自ら土地の価値を高めて活用する理由と、この土地に向き合う組織の実態を、前編で追っています。

火を落とした島を、誰が街にするのか。JFE OHGISHIMA2050 前編

注釈
[注1] 第8次中期経営計画(2025〜2027年度)における京浜臨海部の土地事業の累計キャッシュイン目標。2035年度までの累計では1,000億円を見込む。