地方都市で、にぎわいをつくりたい。スタジアムや商業施設を核に、人を呼び、地域の経済を回したい。けれど、施設は建てた瞬間がいちばん新しく、あとは古びていく。気づけば稼働は上がらず、運営は税金に頼っている——。まちづくりの現場にいれば、一度はこの壁に突き当たる。
その壁の前で、少し毛色の違う動きが続いている。東証プライムに上場する不動産会社のいちごが、2023年12月、子会社を通じて、J3のテゲバジャーロ宮崎というサッカークラブの全株式を取得した。看板を出すスポンサーとしてではない。クラブそのものを抱える、オーナーとしてだ。
不動産会社が、なぜサッカークラブのオーナーになるのか。そしてその先に、地域経営の何が見えてくるのか。その手がかりは、宮崎の現場にあった。
取材の前夜、東京から宮崎へ飛んだ。夜遅く空港に降りると、しっとりと重い夜気が来た。梅雨の最中だった。空港から宿へ向かう電車の窓を、雨が打っていた。
いちごは、事業利益が280億円、保有する不動産の含み益は835億円にのぼる大手不動産会社だ。Jリーグのトップパートナーでもあった(2026年6月末で終了)。その会社が、J3のテゲバジャーロ宮崎の全株式を取得した。そして取得から2年、クラブはJ2へと昇格した。
不動産の本業で磨いた力を、なぜ畑違いの地域の資産に、しかもスポンサーではなくオーナーとしてつなぐのか。
この問いを、いちご執行役副社長兼COOで、テゲバジャーロ宮崎の代表取締役会長を兼ねる石原実に聞いた。不動産の運営から、Jリーグのトップパートナー、各地のスタジアム改修、そしてテゲバジャーロ取得後の事業のつながりまで、その多くを現場で動かしてきた人物だ。これから出てくる判断の多くは、石原が実務として担ってきたものである。
不動産会社がスポーツに関わるだけなら、看板を出し、チケットを配れば足りる。企業協賛の多くは、その広告型だ。会場に社名が出て、認知が広がる。それで元が取れる、という考え方だ。
だが、看板を出すだけでは説明がつかない。スポンサーは決まった額を負担するが、選手をどう編成し育成するか、施設をどう使うか、席をどう売るか、運営の中身には口を出せない。広告主は、施設の外側にいる。いちごが不動産で培ってきたのは、その中身、つまり場の価値の上げ方だった。それをスタジアムに持ち込むには、運営する権利そのものがいる。だから、全株式を取得して、オーナーになった。
この「場の価値の上げ方」を、不動産業界ではバリューアップと呼ぶ。建物に入るテナントと向き合い、人が集まる仕掛けをつくる仕事だ。
では、なぜ自社で直接ではなく、わざわざ地元の子会社を通して取得したのか。
いちごは本体ではなく、100%子会社の宮交シティを通じて、2023年12月13日に全株式を取得した。スタジアムの指定管理を担う会社も同じ日に取得し、クラブとスタジアムを一体で運営できる体制を整えた。この2社は、いちごで不動産バリューアップを手掛けてきた石原が代表取締役会長を務める。代表取締役社長は宮本功。選手出身で、セレッソ大阪や横浜F・マリノスでクラブ経営や選手育成に精通した人物だ。
地元の会社を通した理由は、取材の現場ではっきりと語られた。いちごが直接取得すれば、宮崎の会社ではなくなってしまう。全部を宮崎でやりたいから、地元の子会社が取得したのだ、と。クラブを「宮崎の会社」として地域に残し続ける——そうした狙いが、この資本の組み方から読み取れる。
石原は、不動産会社がクラブを取得したというより、宮崎振興の当事者を地域に増やすためにクラブを持ったのだと説明する。いちごはもともと、事業者や行政、市民とかかわる地域のインフラを扱う会社だ。だからこそ、スタジアムやクラブを、不動産運営の延長線上で見ることができた、という。
東京に本社を置く会社が、あえて「全部宮崎で」と言う。その言葉に、ことさらの意志を感じた。
不動産の知見をスタジアムに活かし、地元の子会社を通して地域に残す。広告型の延長線上にはないやり方だ。残るのは、これが地域でほんとうに回るのか、という問いだ。
日本の不動産は、築30〜40年で壊して建て直す。それが業界の基本動作とされてきた。
壊さずに価値を上げる方法は、本当にあるのか。あるとして、それをどう回しているのか。
老朽化した建物は維持のコストが膨らみ、テナントは新しいビルへ移る。だから建て替えた方が合理的だ——それが業界の標準的な判断だ。
しかし、いちごは、物件を壊さずバリューアップをして大きな収益を上げている。その看板事業が「心築(しんちく)」だ。本人たちの定義では、「心で築く、心を築く」。今ある不動産に手をかけ、価値を上げ続けて、「100年不動産」を目指す。石原は、この考え方を地域の話にも引き寄せる。ただし、絵に描いた餅にしないために、欠かせないものがふたつある。ひとつは、いちごの代表執行役社長 長谷川拓磨と石原、宮本らが、クラブをどう育てるかを継続的に議論する毎週のミーティングだ。もうひとつは、石原らが現場に降りて、自分の手でそれを動かしていく、数字を組んでいく作法だ。
壊して建て直せば、工事のあいだ収入は止まり、解体にも新築にも多額の費用がかかる。壊さず手を入れて貸し続けるほうが、収益が大きくなることも多い。環境への負荷も抑えられる。
では、その流儀はどこから来たのか。
取材の前に、石原が現場でどんなふうに振る舞う人なのかを知りたくて、動画を探した。すると、石原はいつもいちごやチームのロゴ入りのジャージやTシャツを着ていた。知事などからの企業版ふるさと納税の表彰という、普通ならスーツで臨む場でも、だ。気になって、当日たずねてみた。
返ってきた答えは、服装の話にとどまらなかった。石原は、もとはゼネコンの現場監督だ。いちごの代表執行役会長 スコットキャロンから、スーツを着て働くのではなく現場服で現場に入って動け、とウォルマートを例に言われ続けてきた。だから、株主総会のほかはスーツを着ない。作業服で現場に立ち、そこで言葉を交わし、自分で数字を組む。机の上の資料だけでは、費用のかけ方が現実とずれていても気づけないからだ。
クラブの経営でも、流儀は変わらない。
「クラブのフレーム——売上、選手の報酬、1試合ごとの運営コストなどを、自分でパターン化して、現場でやってみないと、力の入れ方、お金のかけ方が目指すビジネスモデルとずれているのが分からない」「わからないことは、長谷川や宮本たちにいつも教えてもらい、わからないまま進まないようにしている」
不動産の運営も、石原は同じ構造で捉えている。人を呼び、長くいてもらい、また来たくなる価値、理由をつくる。それがそのまま、スタジアムにもクラブにも当てはまる、と。
壊さず価値を上げるバリューアップの考え方は、現場に降りて数字を組む作法と組み合わせて、はじめて回る。ビルの中で鍛えられたこのやり方は、どうやってスポーツの世界にたどり着いたのか。
2019年、いちごはJリーグのトップパートナーになった。不動産業界では、初めてのことだ。この時点で、自らクラブのオーナーになる構想があったわけではない。
トップパートナーには、年に数億円がかかる。その7年のあいだに、広告効果のほかに、何が手元に残ったのか。何も残らなければ、ただの広告宣伝費で終わる。
いちごが7年で手にしたのは、Jリーグ全体とのつながりと、各地のクラブのスタジアム改修などにかかわるなかで培った知見だった。この蓄積が、宮崎で自らオーナーになるという判断の土台になった、と読み取れる。
きっかけについて、いちご社長の長谷川は、インタビューで、当時のJリーグのチェアマンから話を受けたことを挙げている。石原も、副社長兼COOとしてその場に同席していたという。Jリーグが掲げる地方創生の考え方、「百年構想」。不動産業からトップパートナーに入ってもらい、各地で出てくる地域の活性化、スタジアムの改修に関わって欲しい。そうした要望が、Jリーグからのオファーにあった。実際に複数のクラブのスタジアムの改修や練習場、寮の整備にかかわるうち、サポートの勘どころと人脈が増えていった。
Jリーグには「百年構想」がある。地域に根ざしたクラブを、長い時間をかけて育てる考え方だ。いちごの「100年不動産」も、建物を壊さず手をかけて使い続ける。時間をかけて価値を向上させる——バリューアップの時間軸の長さが、二つを引き寄せた。
石原は、静かに、ゆっくりとした口調で語る。
トップパートナーとして、いくつものJクラブの施設整備を支えてきた。どの席をどう区切り、どう作り替えれば来場者が増えるか、どこに費用をかけ、どこを抑えるか。観客の動き、係員の配置、飲食の導線、工事の時間と費用——そうした肌感覚は、現場を踏まなければ身につかない。
その蓄積の延長で、宮崎では自らオーナーになった。フットボールの指導と経営の両輪を担える宮本。これからのフットボールを見据え、チーム編成と選手育成を担える監督の大熊裕司。ふたりと出会い、いちごの考え方を説いて合意に至ったことで、取得は実現した。石原は、まだJ3だったクラブを、弱いとも投資に向かないとも見ていなかった。大都市の巨大なクラブよりも地域との距離が近いぶん、深く根ざせる余地の方が大きい、と考えた。その見方は、感覚過敏の子どもや障がいのある人が試合を観られる「フレンドリールーム」、子ども入場料無料化や子ども食堂の支援といった取り組みにも映っている。
7年間は、広告だけの時間ではなかった。理念が合うかではなく、その関係から次に使える知見とつながりが残ったか。いちごの場合、手元に残ったものがあった。
なぜスポンサーではなくオーナーなのか。その理由が見えてきた。続く第2部では、その考え方が、スタジアムの席の値付けや、宮崎県内の事業のつながりのなかで、どう動いているのかを追う。
プロフィール
石原 実 いちご執行役副社長兼COO。株式会社間組(現 株式会社安藤・間)で国内大型ダム工事等の工務・施工管理に従事。2007年いちご入社、グループの管理業務を統括。その後、心築本部長として物件のバリューアップ、地方創生案件を指揮。2011年執行役副社長、2015年からCOOを兼任。2021年からサステナブルインフラ事業を管掌する。いちごのウエイトリフティング部・陸上部・テニス部の部長や監督、プロサッカークラブ「テゲバジャーロ宮崎」会長、ホテル運営「ワンファイブホテルズ」会長兼社長など。
【あわせて読みたい:第2部 席、餃子、スポンサー編】
スタジアムの席をどう値付けし、放送・電力・飲食・商業をどうつなぐのか。宮崎県内の5つの事業が、一つの経済として回りはじめる現場を追う。